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2024/02/14

2023年ファイナリストシェフ 久保貴インタビュー

星付きのシェフだから勝てるわけではない 下剋上が起こせるし 勝てば勝つほど見える景色が変わってくる大会

「自分は何をしているんだろう?」と奮い立った

『CHEF-1グランプリ』に出場して、一番変わったなと思うことはなんですか?

一番変わったのは、料理に対する僕自身の意識ですね。格段に向上したと思っています。大会に参加する前は「(料理って)ほどほどでいいかな」と思っていたところがあるんです。もともと第1回大会の『DRAGON CHEF 2021』を見て目を覚まされて、翌年の『CHEF-1グランプリ2022』に参加しました。「ちゃんと料理に向き合わなきゃいけないな」と改めて考え直すきっかけになりました。料理に対する情熱を取り戻させてもらったと思っています。

『DRAGON CHEF 2021』を見てどのように目が覚めたのですか?

地元の愛媛に帰ってきたとき、僕は料理と少し距離を取りたかった。「もっと気楽に料理できる環境がいいや」って思っていたんです。それが『DRAGON CHEF 2021』で、自分と同世代の山下泰史シェフたちが真剣勝負しているところを見て、「自分は何をしてるんだろう」って感じました。この番組が次回もあれば参加してみようと思ったのが始まりです。

予選から勝ち上がっていく中で、どんなことが印象に残っていますか?

テーマが「料理に革命を起こせ!」だったので、今までに無いようなものを生み出さないといけなかった。それで何回も何回も試作をして、でも、なかなか自分自身納得できるものは生み出せませんでした。準備して、作り上げて、味見して「イメージと全然違うな」ということが何度もあって、その度に「ダメだ。このままじゃいけない」と自分を奮い立たせて、自分に負けないように、納得できるまでは続けようと思いました。そういう気持ちを持って最後まで臨めた、それが自分の中では1番の収穫でした。

下剋上が起こりうるのが『CHEF-1グランプリ』

「革命を起こせ!」というテーマはかなり大変だった?

僕はすごくいいと思っています。『CHEF-1グランプリ』らしいテーマで、他の料理コンペティションでそういうのはない。星付きのシェフだから勝てるわけでもないし、下剋上があり得るので。料理って、季節によって美味しいものとか、美味しい組み合わせってあるし、作る方もお客さんも、どうしてもそれを中心に考えがちです。でもテーマが革命だと、普段自分がやらないようなことにどんどんチャレンジしなくてはいけない。それは『CHEF-1グランプリ』ならではだと思います。

「革命」と言えば、3回戦で作られた「PURI×PURIショートケーキ」。エビとデザートの融合という驚きの発想で、審査員の神田さん(※)も絶賛されたあの一皿は、どうやって生まれたんですか?(※ 17年連続三つ星「日本料理かんだ」店主)

もともと全然違うものを試作していて、レシピ提出日の前の晩に、「おいしいけど、本当にこれでいいのか」と迷いに迷ったんです。自分の中でやっぱり革命は起きてないと思ったので、一からまた考え直しました。それで「エビのサンドイッチってあるけど、それをもっとデザート的な観点で考えてみたら面白いかな?」と考えて、今まで自分のやってきたエビ料理を組み合わせてやってみたら、ばっちりハマったと。

みんながあれを食べてみたいと思っていますが、お店で出したりはされていないのですか?

そういうお問い合わせをいただくのですが、今働いているところは、僕が作った料理を直接提供することがなかなかできないんです。でも、自分のスペシャリテとしていつか出せるように、引き出しに入れておこうと思います。

試作はどのくらい作ってみるものなんですか?

最初からイメージしたものがバチっとハマって、「これは間違ってないな」というときは、それをちょっとずつ手直ししていくだけでいいんです。でも、エビのショートケーキみたいに180度変えるみたいなパターンだと、20〜30回は試作したんじゃないかな。それが上手くいっても、次は時間内にできるように何度もブラッシュアップして、時間を測って本番に臨むとか。それは心が折れそうになります。

アイデアでは負けてないと今も思っている

大会はジャンル別エントリーで、準決勝、決勝と勝ち上がると必然的に他ジャンルのシェフとの戦いになるわけですが、イタリアンというジャンルの代表として戦うことへの思いはありましたか?

僕は、出身はもともとクラシックなイタリアンではないんです。純粋にイタリアンとは言えない料理を作っていて、イタリアン代表でいいのかなという思いもありました。ただ、中国・四国エリアで行われた2回戦などを通して仲良くなった人たちもいて、彼らがどういう気持ちで臨んでいるかとか、どれくらい試作してきたかとか、そういうことを改めて知りました。そういう人たちを代表して、ジャンル代表として戦わせてもらうことに勝手に責任を感じて戦いました。ジャンル別エントリーは、そういう人たちの気持ちを知るきっかけにもなったし、勝ち抜く中で自信を持って戦ってくださいねと後押しになったので、僕の中ではすごくよかったです。

ファイナルまで勝ち抜いた、ご自分の強みは何だったと思いますか?

僕はわりと料理の発想が自由なんです。自分の中でおいしいと思えるものや、その素材にとって一番おいしい状態ってなんだろうというところから、ジャンルに捉われず料理を考えるので、新しいアイデアは生まれやすいのかなと感じます。発想力を褒めてくれる人は何人かいて、それはありがたく思っています。デザートが好きというのもあるし、そういう引き出しの多さも強みかもしれません。この大会を通して、自分の中のそういうところがはっきりわかるようになったことは自信につながっています。ですから、有名店で働いている人が強いというふうには感じてないです。負けているのに言うなと言われるかもしれませんが、アイデアでは負けてないと今も思っています。

逆に課題として感じたことはありますか?

優勝された根本シェフの仕事を見ていて、すごく丁寧だし、作業が精緻で、すごい速さで次々に終わらせていく。やっぱり “ロブション”で揉まれているだけのことはあるなと思い知らされました。僕はそういうトップのレストランから離れて久しいので、そこは自分自身足りてないというか、ブランクを感じましたね。あとは、アイデア自体は面白いけど、それをトップシェフたちに味見してもらうクオリティまで持っていけない自分の表現力のなさとか。それは自分の足りないところだなと感じました。

自分の強みがハマったとき ジャイアントキリングが起きる

大会には有名店のシェフもいればフードクリエーターもいて、実力のあるシェフが揃う中で、勝つためには何が必要だと思いますか?

自分の強みがバチっとハマったときにはジャイアントキリングが起こり得るなと思いました。たとえば、決勝第二試合の丸山さんと山下さんの戦いですね。それから3回戦の他ジャンルですが、焼肉屋さんで働くシェフが見せたアイデアとか。あの発想は焼肉屋でずっと働いているからこそ生まれるもので、僕らにはないし、実際あれはおいしいだろうと思う。そのジャンルで働いているからこそ生まれるようなアイデアが絶対あります。逆に、レストランで働いている人はレストランの発想になっちゃう。決勝戦でGACKTさんが「想像できる味なんですよね」とコメントしたときは僕も同感でしたし。案外レストラン然としてないところで働いている人の方が、奇抜なアイデアは生まれやすいかもしれません。ただ、そのアイデアを活かすためには技術も必要になるので、難しいところではありますが。

大会を通していろいろなシェフから受けた刺激はありましたか?

僕の地元の愛媛って島国というか、四国の田舎なので、最新の料理界のトレンドや、自分と同世代の人達が今どういうことをしているかという情報がなかなか入ってきません。なので、自分の今の立ち位置なんて全然わからない。それが、今回いろんなシェフと交流する中で、自分の立ち位置を確認できました。もともと番組を見て刺激を受けていた山下さんにも、今どういうことを考えて、どういうことをやっているのかというのを聞くことができたのは収穫です。

大会に出る前と後では見えてくる景色が違う

『CHEF-1グランプリ』に参加を迷っているシェフがいるとしたら、どんな声をかけたいですか?

絶対参加した方がいいと断言できます。普段の仕事と並行して試作などもしないといけないので大変だとは思います。ですが、僕もそうでしたが、それをやる前とやった後では見えてくる景色が全然違うので。同じことを他のシェフたちも言っていました。勝てば勝つほどその景色も変わってくると思います。仮に負けたとしても、自分の中で燃えてくるものがある。この大会だけじゃなくて、今後の自分の人生を変えるきっかけに必ずなると思います。

星付きに負けないレストランを愛媛に作りたい

久保さんの周りの景色はどう変わりましたか?

僕は、ここ最近、お客様に直接料理を提供する機会がなかったというのもあり、自分の作ったものが世間からどういう評価を受けるのかというのがわかりづらかった。まして審査員のトップシェフの方たちに評価される機会なんてないので、そういう方たちと話して、いい点も悪い点も含めて言ってもらえたのは貴重な機会でした。お店で働いていて料理を出してもそのお店の料理ですが、自分自身の料理を味わってもらってのことなので、自分の強みだったり、足りない点というのを再認識できました。そして、真剣勝負の中で評価してもらうということは、普段の仕事とはまた違うものが絶対あると実感しています。

普段の仕事に戻られて、その中でも変化を感じられましたか?

周りから「そんなに料理できる人だったんだね」と言ってもらったり、お仕事の話もいくつかいただきました。何より、子どもたちの僕に対する眼差しにリスペクトを感じられるようになったのがうれしいですね。「授業参観は、お父さんも来て」とか。子どもたちに自慢に思ってもらえる人になりたいとは常々思っているので、その大きな一助になったと実感しています。

『CHEF-1グランプリ』に出場して一番よかったなと思うことはなんでしょう?

自分の中で新しい目標ができたことです。第一線のトップのレストランでまたやりたい、自分自身がそういうお店を作りたいと思っています。今はそれに向けて、具体的にいつまでに何をしなくてはいけないかを考えながら動き出しています。僕にとって愛媛はふるさとで、今子どもも3人いて家を構えていますが、ミシュランの星を持っている洋食のお店はないんです。ですから、そうしたレストランに肩を並べられるようなお店を愛媛に作りたいですね。